事業内容
帝国ホテルは日本の代表的なホテルであり、1890年の開業から続く歴史あるホテルです。帝国ホテルには東京都の帝国ホテル本社、大阪府の帝国ホテル大阪、長野県の上高地帝国ホテルの3つがあります。また、グループホテルとして千葉県にザ・クレストホテル柏があります。
同社の事業は「ホテル」「不動産賃貸」の2つに分類されており、それぞれ以下の通りの事業内容です。
区分 | 内容 |
---|---|
ホテル | 宿泊、レストランなどの食堂での飲食の提供、婚礼・ビジネス向け(社長就任披露など)の宴会サービス |
不動産賃貸 | ホテル内のショッピングテナント・オフィスの賃貸、主に東京都内の賃貸用オフィスビルおよび賃貸マンションの賃貸 |
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2020年3月期決算のセグメント別の売上・利益構成です。
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売上のほとんどがホテル事業によるものですが、不動産賃貸事業からの利益も全体の3割強あります。
2019年3月期決算のホテル別売上は帝国ホテル本社418億円、帝国ホテル大阪110億円、その他ホテル18億円となっており、その大部分が帝国ホテル本社での売上です。
以下は2019年3月期決算の部門別の売上構成です。
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宿泊が21%、食堂が14%、宴会が33%となっており、宴会が占める割合が大きいことがわかります。
以下の図は帝国ホテル本社の館内マップです。
帝国ホテル本社のホームページより引用
客室以外の設備が充実していることがわかります。特にテナント(帝国ホテルプラザ)、オフィススペース、宴会場が多いです。
業績推移
売上と利益
以下のグラフは売上と営業利益率、営業利益、純利益の推移です。
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売上は横ばいと評価します。利益についてはやや改善しているようにみえます。また、業績に景気循環性があります。
以下のグラフはROAとROE、財務レバレッジの推移です。
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財務レバレッジが低下しています。また、資産に対する収益率は改善傾向にあるようにみえます。
セグメント別の売上推移
以下はセグメント別の売上構成、売上増加量の推移です。
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2010年3月期決算以降に不動産賃貸事業の売上が大きく減少していますが、これはセグメント情報の開示基準を変更したことによる影響です。要するに2010年3月期決算前後でデータの連続性がないということです。具体的にどのような変更を行ったかについては有報に記載がありません。
変更前後のセグメント情報を比較すると不動産賃貸事業の売上・利益がホテル事業に移動しているように見えるのですが(具体的には売上が約19億円、利益が約16億円移動しているようにみえる)、IRに確認したわけではないので実際のところはわかりません。ホテル内のテナント賃貸収益やホテルタワー内のオフィス賃貸収益をどちらのセグメントに計上するかという点で変更があったものと推測しています。
上記の点を考慮して、不動産賃貸事業は売上は横ばい、ホテル事業は20億円程度の売上増加があったと評価しています(ホテル事業の売上は全体で500億円程度ありますから、14年で4%と考えると横ばいといってもいいかもしれませんが)。
以下はホテル別の売上構成、売上増加量の推移です。
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ホテルの売上については帝国ホテル本社の売上が増加している一方で帝国ホテル大阪、その他ホテルは変わらないかやや減少といった状況なので、帝国ホテル本社の重要性が増しているといえます(2010年3月期決算で不動産賃貸事業の売上がホテル事業に移動していたと仮定しても、帝国ホテル本社の売上は増加している)。
以下はセグメント別の利益構成、利益増加量の推移です。
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セグメント情報の開示基準の影響を考慮してもホテル事業の利益は増加しています。
したがってホテル事業の売上や利益については2006年ごろと比較してやや改善されていると評価できます。ただし、顕著なものではありません。
また、2019年3月期決算時点の部門別の売上構成のうち大きいものは
- 宿泊が21%
- 食堂が14%
- 宴会が33%
となっていますが、連続したデータは開示されておらず、ホテル事業のどの部門がよくなっているのかは全くわかりません。ただ、宴会の売上が多いため今度売上や利益を維持するために同社の歴史やブランドをうまく使って披露宴やビジネス向けの宴会顧客をいかに獲得していくかが重要だといえます。
以下は帝国ホテル本社と大阪の客室稼働率です。
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稼働率がいずれも改善していることがわかります。また、2019-3期時点で稼働率が十分高く、宿泊部門の売上や利益についてはホテルを増やさない限り、成長は難しいのではないかと考えています。しかし、同社の場合、帝国ホテルのブランド(歴史、サービス品質への信頼)によって事業を有利に進めているわけなので、いたずらに規模を増やすのはよい考えだとは思えませんが。
以下は帝国ホテル本社と大阪の宿泊者構成および増減です(邦人、外国人別)。
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帝国ホテル本社の宿泊者数はほとんど増えていません。一方で帝国ホテル大阪は明らかに外国人客が増加していることがわかります。帝国ホテル大阪の稼働率の改善は外国人客によるものです。また、いずれのホテルも東日本大震災によって外国人客が減少している時期があるのがわかります。外国人観光客は宿泊先地域の災害に敏感ということなんでしょう。しかし、邦人客はあまり気にしていないようにみえます。邦人客は「被災地は東北であり、東京、大阪への影響が基本的に少なく安全である」というのを十分知っていたからだと思われます。
資産
以下のグラフは総資産と自己資本比率の推移です。
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総資産額は増加傾向にあります。自己資本比率も上昇傾向にあります。
自己資本比率は極めて高く、2020-3期の自己資本比率は76%でした。
設備への継続的な投資が必要な事業では自己資本比率は低くなりがちなのですが、同社の自己資本比率は高いし上昇しています。同社が拡大路線を歩んでいないこと、経営が安定していることの現れです。
以下のグラフは資産の内訳推移です。
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現金および有価証券等が大きく増加している一方で、有形固定資産が減少傾向にあります。2011-3期に有形固定資産が大きく減っていますが、これは帝国ホテル大阪の資産を減損処理したからです。おおよそ38億円の減損処理、その損失を補填するため土地の売却によって同程度の利益を出しています。簿価3.2億円程度の土地をおよそ40億円で売却しています。有形固定資産の減少は2011-3期以降も継続しており、他のホテル業のBSをみたことがないのではっきりとはいえませんが、ホテルへの投資をかなり絞っているということだと考えています。帝国ホテル大阪の減損を受けて方針転換し、消極的になったということでしょうか(もしくは手堅くなった)。
逆にこれだけ有形固定資産が減少しているということは、大きな修繕などを計画しているということなのかも。
2020-3期の有価証券などの内訳は以下のとおりです。
- 株式 17億円
- 債権 97億円(国債31.6億円、社債65.5億円)
- 譲渡性預金 70億円
- その他 20億円
株式は取引先との関係強化のためのものがほぼすべてでした。
以下のグラフは負債の内訳推移です。
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自己資本が増加しています。有利子負債はありません。
以下のグラフは自己資本の内訳推移です。
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自己資本の増加は利益剰余金の増加によるものであり健全です。
以下のグラフは簿外債務額の推移です。
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最大で120億円程度の簿外債務があります。2009-3期に突然発生しているようにみえますが、リースの会計方針の変更があったため、ここから有報への記載が始まったのでしょう。
キャッシュフロー
営業CF
以下のグラフは営業CFの推移です。
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営業CFは横ばいです。やや改善しているようにも見えますが保守的に評価。
投資CF
以下のグラフは投資CFの推移です。
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設備投資が2011-3期以降はやや減っています。設備投資の内容は基本的にホテルの維持のための投資です。
以下のグラフは投資CFのうち設備等の取得にかかるCFのみを抜き出したものです。
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少ない時期は10億円程度、多い時期は30~40億円程度の設備投資を行っています。
以下の表に「有報の設備投資等の概要」の内容をまとめました。
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帝国ホテル本社への設備投資が大半です。
財務CF
以下のグラフは財務CFの推移です。
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ほぼすべてが配当です。
全体
以下のグラフは各種CFおよび現金同等物と有利子負債の推移です。
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フリーCFが原則プラスで有利子負債はなく、現金は増えている。安定した経営をしており、儲かっているということがわかります。
まとめ
帝国ホテルの2020-3期の売上は545憶円、営業利益は31億円、営業利益率は5.8%でした。
過去14年間の平均の売上成長率は-0.1%、営業利益成長率は-1.4%でした。成長率はマイナスですが新型コロナウイルス流行の影響も加味するとほぼ横ばいだったと評価しています。
ホテル事業は有形固定資産への継続した投資が必要であり、自己資本比率が低くなりがちだという印象を持っていましたが、同社の自己資本比率は高く、値も上昇傾向にあります。2011-3期以降は設備投資をやや絞っており、経営も安定していたこともあり現金や有価証券等が積みあがっています。
同社の経営資源として最も重要なのは帝国ホテル本社(東京)であり、ここから大部分の売上(おそらく利益も)を生み出しています。また、新型コロナウイルスの流行によって観光業は大きなダメージを受けており、ホテル業にも影響を及ぼしています。同社にとっても試練の時ではありますが、同社は十分な現金等を有しており同業が苦しい中で成長のための投資を行うチャンスでもあります。
したがって、わたしは同社の今後の見どころは以下の2点だと考えています。
- 帝国ホテル本社の価値をどのようにして維持していくのか、宴会、宿泊を維持、成長させていくためにどのような投資を行うのか
- ホテル業界が苦しい中で積み上げた現金等を用いて、成長のための投資を行っていくのか否か
1については必須ですが、2についてはむやみに規模を拡大しないのもありだと思うので、どうなっていくのかは経営者の判断次第です。また、同社は新型コロナウイルス流行前から京都に進出する計画をしており、これについても注目したいです。IRを見る限り、慎重に検討されており、わたしは好感をもっています。
今回はここまでです。